1956年
澤伸一氏、中島明氏、新井恒生氏らが中心となり、アメリカンフットボール部が同好会として産声をあげる。
澤伸一氏、中島明氏、新井恒生氏らが中心となり、アメリカンフットボール部が同好会として産声をあげる。
立教・明治・早稲田・慶應・法政・日大・学習院・防衛・日体・東大についで、関東11番目のチームとして大学リーグに加盟を果たす。
関東大学2部リーグ優勝、1部昇格を果たす。
創部10周年にして、関東大学リーグ1部に参戦するも力及ばず最下位に終わる。早稲田との入替戦にも敗れ2部降格。
関東大学連盟の並列リーグ化に伴い、明学・獨協・青学・成蹊・学習院とともに、さつきリーグに所属。
リーグを代表する大型選手が4年生に揃い、関東選手権出場にあと一歩に迫り、さつきリーグ最高位の成績を残す。
関東大学リーグの改編により、さつきリーグから2部リーグへ移行。
リーグ戦出場辞退。成城の歴史に汚点を残す。3部自動降格。その後、部員数の減少による低迷期を迎えることとなる。
少数精鋭ながら、3部優勝。昇格戦を勝ち上がり、2部復帰を果たす。
5年ぶりに2部リーグに参戦するも、チーム力が整わず、最下位となる。下位との入替戦でも屈辱的敗戦を喫し、1年で3部降格。
3部を独走で優勝、亜細亜大との入替戦も大差で征し2部昇格。部員数も60名に達し、追手門学院との定期戦開始など、総合力の整備が進む。
強豪ひしめく2部Dブロックで苦戦をしいられ、獨協・国士舘との得失点差による最下位となり、入替戦も新鋭の山学大に敗れ3部降格。
捲土重来を期し、3部優勝。入替戦もライバル成蹊大を破り2部昇格。
関東リーグの再編により、エリア1部リーグへ移行。上位争いに留まるも優勝を逃す。
エリアリーグが再編され、エリア1部リーグが3部リーグへ移行。成績も3部中位クラスへ後退。
部員数の減少から総合力の衰退を招き、3部リーグ全敗、千葉大との入替戦も逆転負けを喫し、屈辱的なエリア(4部)降格となる。
ポジション毎に核となる選手が4年になり戦力充実 エリアDブロックを圧倒的勝利で
全勝優勝 3部昇格となった。(ブロック編成の変更により入替戦はなし)
創部50周年の記念すべきシーズンながら、3部リーグ戦で全敗を喫し、入替戦も山梨学院大に敗れ、わずか1年でエリアリーグ降格となる。